日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | |
7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 |
14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 |
21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 |
28 | 29 | 30 | 31 |
カテゴリ
日記(109)
QRコード
新着記事
最近のコメント
産経新聞に掲載 by 千歳川 次郎 (02/19)
九州ブロックのサイクリング大会 by 服部二朗 (07/18)
佐賀城下・十間堀川、驚きの事実! by 白山ポンプ屋 (07/02)
佐賀新発見、「十間堀川」シンポジウムの記事 by みなくるSAGA 理事長 (07/01)
ワークショップの記事が大きく掲載されました。 by みなくるSAGA 理事長 (07/01)
九州ブロックのサイクリング大会 by 服部二朗 (07/18)
佐賀城下・十間堀川、驚きの事実! by 白山ポンプ屋 (07/02)
佐賀新発見、「十間堀川」シンポジウムの記事 by みなくるSAGA 理事長 (07/01)
ワークショップの記事が大きく掲載されました。 by みなくるSAGA 理事長 (07/01)
過去ログ
●●●
▼会員ホームページ
◆◆◆◆◆
▼佐賀のNPOへリンク
日本の各地にはデ・レイケに関わりのある土木構造物が残っていて、現役でっ活躍しています。二十年ほど前に、私はこれらの土木構造物をデ・レイケ関連土木遺産として、世界遺産に登録できないかと思い、デ・レイケが導流堤とどう関わり合ったのかを調べてみました。しかし、デ・レイケと導流堤の繋がりを示す文献は何一つ発見できませんでした。(デ・レイケが(仮)導流堤と関わりがあるのなら、断片的にでも残っていてもよさそうですが、、、、)
ところで、筑後川には江戸時代に荒籠と云われる石の構造物が盛んに造られましたが、特に道海島に造られた百?荒籠は(仮)導流堤とその設計思想がとても似ています。
私は(仮)導流堤はデ・レイケの発案ではなく百?荒籠をモデルとして造られてのではないかと考えています。